こんにちは!
世田谷パン祭り2021 プロジェクトに参加している、昭和女子大学 世田谷パン祭り商店会繋げようチームです。
(取り組みの詳細はこちらから)
三宿四二〇商店会インタビュー企画「やっぱり三宿が好き」がスタートします!
今回は世田谷公園からすぐ近くにお店を構えるシニフィアン シニフィエさんへインタビューさせていただきました。

誰もやってないことをやるのが好き…この言葉の意味とは…

2006年から三宿にお店を構えて15年。
おいしさと安心安全にこだわった食材を使った唯一無二のパンを提供しています。
元々哲学者を目指していた志賀シェフ。パンやお店に対する思いも哲学的に考えていらっしゃっていて、店名の「シニフィアン シニフィエ*」もフランス語の言語学用語に由来しています。
*シニフィアン(意味作用)は「そのもの自体」、シニフィエ(意味内容)は「そのもののイメージ」

誰もやってないことをやるのが好きな志賀シェフは、他にはないこだわりのあるパンを作っています。ですが、なんと!元々パン嫌いだったそうです。
今回は、三宿やパンに対する想いと、他のお店とのつながりについてお伺いしました。

Q:三宿という場所にお店を構えたきっかけはなんですか?
最初は三鷹とか吉祥寺とか、もっと田舎の方に店を出そうと思っていたんです。
でもパンを焼くための機械を入れるには3m50cmくらいの天井の高さが必要で、3年ほど条件に合う物件を探していたら丁度この物件を見つけて。実は30代の時に中目黒で働いていて、世田谷公園を借りて野球をしたり三軒茶屋に飲みに行ったりしていたので、よくこの辺りには来ていたんです。
だから土地勘もあったし、一緒にお店を興すメンバーも三宿小学校に通っていたことがあったり、前が公園という立地もあって、この場所に決めました。

Q:運命的なきっかけですね。そんな三宿の魅力はどのような所にありますか?
ひょっとしたら運命だったかもしれないですね。
ある程度狙った所としてあまり地域のカラーがない所が良かったんですね。例えば三軒茶屋、太子堂商店街だったらお店の密集した賑わいのあるイメージがありますよね。
そんなイメージがついていなくて商店街と住宅街の境目のような場所が良いなと思っていたので、ぴったりだったということがありました。
カラーが違って、自分たちでカラーを創れる点も魅力だったんだと思います。

Q:三宿四二〇商店会に加入した理由も先ほどの魅力と通ずるものですか?
三宿四二〇商店会に加盟したのは間中さん(商店会会長)の存在が大きかったのかもしれないです。間中さんと私もお互いに面白いものができたな~という感じで見ていて。
私のお店は名前が大々的に知られているということもなかったので新しく事業を始める人同士、始めませんか?ということで引き込まれた感じです。

Q:他の商店会とはカラーが違う三宿四二〇商店会の中で、紹介したいお店はありますか?
雅結寿かな。
和食屋さんとかに行くと煮浸しみたいな、出汁を飲むのが大好きで。だからすごくかしこまったところだと飲みにくいからさ。おちょこをもらってそこに開けて、大丈夫そうなお店だとこっそり飲んで(笑)それくらいお出汁が大好きなんです。
雅結寿とはコラボして出汁入りの食パンを作りました。
雅結寿は普段からお出汁を飲もうっていう。お出汁を飲むってちょっと新しいなあと思います。

Q:他のインタビューの記事を読ませていただいたのですが、パンが嫌いだったという記事を読みまして。
目の付け所がいいですね(笑)
話しやすいトピックです。
私自身、小学校1〜4年生くらいまですごい虚弱児だったのでお昼はもう2、3口食べるとお腹いっぱいだったんです。あとコッペパンにマーガリンを付けて食べるのも苦手で... あの頃はお粥と梅干し、葛湯ばかり食べていました。
そんな感じだったので学校の給食の時間が苦痛で... 食べ終わらないと遊びに行けないでしょう?
パンが全然食べられないから中々食べ終わらなくて。だから先生の目を盗んでランドセルにパン隠してたのでランドセルの中がパンでいっぱいでした(笑)
パンを持って帰っても捨てるとか出来なくて、どんどん溜まっていくので中からカビたパンが出てきたり、マーガリンが教科書に染みてそれで親に見つかって怒られたりしてました(笑)

Q:そこから何か克服するきっかけは何かあったのでしょうか?
小学校5年生から本校舎への通学に変わって片道5,6km歩くことになったんです。あの頃はスクールバスもないので。そうすると、毎日10kmくらい歩いてたから身体がすごい丈夫になって。5年生の秋くらいからは体力がついてきて給食も食べられるようになりました。
学年ごとの校内マラソンが秋くらいにあって、走ってみたら私が1番速くて。本当に圧倒的に速くて、あれ?虚弱児だったはずでは?みたいな(笑)
そこで体育の先生から「冬になったらクロスカントリーをやってみなさい」と言われて、それをやるようになったらさらに体力がつきました。しかも結構速くて、先生からはスポーツでやっていけるような学校に進学したらどうか?って言われるくらい(笑)
結局は私自身も違うかなって思ってたり、親の反対もあったのでそういう道には行かなかったんですけどね。

Q:パン屋をやろう!という決意に至ったのは、他にもきっかけがありましたか?
私とパンの出会いは、大学のために東京に出てきたときです。お金が無くてもお腹いっぱいになるものがパンで。東京に来て最初は菓子パンとかを買っていたんですけど、甘いのは何となく違うなあってあるとき思って。それである日バゲットにピーナッツバターを付けて1本食べたんです。それが意外にも美味しくて。私は田舎生まれなので食べたことあるパンはコッペパンかあんパンくらいで... 初めて食べるものでしたね。
この時に、ふと自分の職業選択にパン屋もいいんじゃないか?って思ったことがパン屋をやることになったきっかけですかね。
多分、このバゲットを食べていなかったらパン屋はやってないと思います(笑)
大学浪人時代にこの出会いがあったことが1番大きいかなと思います。

Q:他のインタビュー記事で、志賀シェフが哲学者を目指されていたと拝見しましたが、そこからパン屋さんの道に進んだことが意外だと感じました。
中学2年生のときに、ちょうど私たちの時代は日米安保条約っていうのがあって、それに対して反対、それを批准することを反対する学生が多くて、その活動の中で自殺しちゃった女の子の私記『二十歳の原点』という本があったんですけど、それを読んで変わったんです(笑)
それから、ただただスポーツやってるだけだとダメだから、こういう女性に好かれるような男になりたいなと思ったんです。
だから、その私記の中で読んでいた本とか聞いてた音楽を聞くようになって、哲学について先生に相談したら、「もし哲学を勉強したいんだったら、デカルトから勉強したら?」と言われて、デカルトの『哲学原理』という題名の本を中学生くらいから読み始めた。
哲学の系譜に合わせてサルトルくらいまでは読んだけど、アインシュタインくらいになると高校生でも難しくてわかんなくて諦めました。でも、高校生の頃は1日50ページから100ページ位は毎日読んでいたかも。1ヶ月で5冊位ずつ本読んでたかな。最初働き始めてからも、25歳くらいまでは寝る前に30分とか1時間とか読書するようにしてたから、その間の読書量ってすごかった。

Q:その本の中で、シニフィアン シニフィエという単語にも出会われたんですか?
それはもっとずっと後で。読んでいたこともきっと忘れてたんですよ。
丁度お店をやろうかなっていう頃に、お店の名前も考えなきゃと考えていました。
このお店をはじめる前はユーハイムという会社にいて、3つもブランドを作っていてその企画開発をやる部署とすごく仲が良かったんです。その中で、もう退職してしまったちょっと変わった哲学好きな女性がいて、お店の名前を相談しました。「そういうの好きだったら、案だしてみましょうか?」と言われて、色々な言葉を貰ってたんですけど、その中でシニフィアン・シニフィエ(訳:意味しているもの、意味されているもの)とあって、「あ、これいいかな」って。それで、「シニフィアン シニフィエ」にしたんです。他にも、「アートアンドクラフト」とか、いくつか候補はあったんですけどね。
お店の名前についてフランス人に聞くと、「こんな堅い名前からパン屋さんを思い出せない、食欲湧かない」と怒られます。

Q:志賀シェフのパンに対する価値観について
パンは小麦粉や水などの配分で名前が変わってくる。名前を変えないで味や香りを変えるにはどこが変えられるのかなっていう可変部分を、考えるのが好きなんですよ。
例えば、2倍の値段で売られていても違和感がないと思って価値観を変えるのが結構好きなんです。価値観からはずれていて誰も作っていないので。
私が普段売っているパンはすごい値段ですけど、それはちょっと価値観を変えてあるんですよ。あなた方が普段食べてきたパンときっと全然違うと思うんですよね。そういう風に考えるのがすごく好きなんです。誰もやってないことをやるのが好き、そんな感じです。

Q:最後に、これからの三宿にどんなことを期待していますか?
これから期待するとしたら、私が1番興味あるのは、色んな専門があって、個性や趣味の違う(大学の)みなさんですかね。
同業者も店舗をやっている人も大体考えてることが分かる。でも、あなた方、色んな個性があると思いますから、ほぼ未知数ですよね。色んな趣味の人いるでしょう?だからそういう未知数な人は楽しみですね。きっとそれはあなた方を含めて、同じ大学という箱の中にいる教授だったり、講師だったりそういう人たちは面白いですよね、専門が違うから。全然考えてること違う。そういう人と話すことは1番楽しいですね。
今回、皆さんがやってくれたように、せっかく近くに大学があるのだからこのようなインタビューのように関わりをもっと出来たらいいかもしれないですね。やはり美味しいものを食べたりするのは、その人の食の経験になって人生を変えることもあると思うので、僕は是非``僕の全力‘‘を食べて欲しいなと思います。

インタビューを終えて
インタビューに慣れていない私たちをとても穏やかな雰囲気で迎えて下さり、志賀シェフのお優しいお人柄のおかげで楽しくインタビューをさせて頂きました。
インタビューを経て、志賀シェフが物事や行動の根源に何があるのかを追求し明らかにするといった哲学的なお考えを元に、パン作りと真摯に向き合ってこられたことが、ひしひしと伝わってきました。「パン<人」に焦点を当てたパン作りをしている思いが届き、お話を伺った私たちのパンに対する考えが変化しました。パンに限らず作り手の思いが詰まった‘‘作品‘‘を大切に、体に気を使った‘‘食‘‘を楽しもうと思いました。

たくさんの「思い」をお聞かせいただき、ありがとうございました!

インタビュー:中村・竹井
文:中村・竹井・石橋・小暮・名木・山田
(昭和女子大学 人間社会学部 現代教養学科)

 
ABOUT US

昭和女子大学 人間社会学部 現代教養学科で、世田谷パン祭り2021に参加しています。その中で、三宿を地元だけでなく他の地域の方にも知ってもらいたいという思いから、「商店会繋げようチーム」として活動し、この記事を作成しています。
三宿四二〇商店会の皆さんがもつ「思い」を多くの方に知ってもらうために、インタビューを行いました。自身のお店に対する「思い」や、三宿のまち、商店会の他のお店に対する「思い」も伺い、サイトに掲載することでより多くの方に知っていただきたいと考えています。